あろうは!プア・ナニです。東京から1,000㎞離れた小笠原村父島で、島の日常や自然を題材に、暮らしを彩る「普段着フラ」を踊っています。
人が生きるところには文化が生まれ、その文化には土地の色、魂(マナ)のようなものが宿るといわれています。土地の力が、踊りに力を与えてくれるのです。踊り手は、言葉や踊りにマナを乗せて、島の追い風を受けた瞬間、はじめて「伝えられた」と感じるはず。そして、その瞬間は、ご覧いただいている皆さんにも届くと信じます。
そんな瞬間を目指して、日々練習に励んでいます。コロナ禍の現在は、人数、時間制限の上、マスクを着けた練習ですが、今だからできることを!ということで、かねてからの「やらねば!」だったホームページの開設となりました。今後ともよろしくお願いいたします。
2021年 夏 manami
sister hālau マカナ (小笠原村母島)
毎夏、父島で開催しているHULA 'Ohanaに、母島から大勢で駆けつけてくれるマカナの皆さんには本当に感謝です。'Ohana本番出演が終わった翌朝一番、起き抜けのままははじま丸で帰っていく姿には頭が下がります。
2001年設立。今年20周年おめでとうございます!!こんなに近いのに参戦できないなんて・・・コロナがおさまったら、もっと頻繁にお邪魔しますよ!
名称について
プア・ナニ(父島) Nā Pua Nani o Mākua(父母の美しい花々)という意
台風後の小笠原は花1つ残らない。そんな時に私達の踊りが花々になれるようにと名付けた。
マカナ(母島) Nā Makana no Makuahine (お母さんからの贈りもの)という意
乳房山に抱かれるように、その麓に広がる集落に暮らす皆さんが、まさしく贈りもののようで名付けた。
「あろうは」の島で踊る想い
1830年、捕鯨の盛んな頃に、5名の欧米人と20数名のハワイアンが父島に到着し、最初の定住者となりました。
1840年父島に漂着した難破船中吉丸の記録には、島民は目の高さに手を上げて 「あろうは」と挨拶をしたと記されています。
その後、様々な歴史的変動の中、西洋、東洋、南洋の影響を受け独特な文化が形成されました。現在でも使われている言葉の中に、その背景がうかがえます。
そんな島で、フラを通して何を踊るのか?答えはすぐに出てきました。そのままを踊れば良いと。そんな取り組みからはや24年。島のオリジナル曲や踊りも、少しずつ生まれています。
島ことば色々
紹介されました。
『島っ子たちのラスト・フラ』+『島フラ』
https://magazineworld.jp/kunel/madros/madros-37/
島に咲く花とレイhttps://mainichi.jp/articles/20161014/org/00m/040/007000d
掲載写真やデータについて
本ホームページ内では、マスオフォトのマスオさん、広報担当のyoko、manamiを中心に撮影した写真と、会員の皆さんから届いた写真を使用しています。無断転載はできませんので、ご理解ご協力をお願いします。
プア・ナニ会員限定Facebookについて
マスオさんやyoko撮影のイベント写真は、毎度大量にあり、なるべく多くの皆さんが見れるようにFacebookにアップされています。セキュリティーの都合上、会員限定としておりますことお許しください。
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